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一つの理由は日本人は手放しに「満足」と回答する割合が低いと考えられる。
国際比較調査をみれば、勤労者は仕事や会社に対して、母親は学校に対して、それぞれ日本のほうがアメリカや西欧諸国と比べて不満と回答した割合が高い。
このような分野は一般に日本のほうが外国より優れていると考えられるので、医療に対する不満も割り引いて解釈する必要もあろう。
ちなみに、健保連では一九八七年以降毎年調査を行っているが、いずれにおいても「診療に対する不満・疑問」の有無という形で回答を求めた場合には「あり」は全体の四分の一程度に留まっている。
また国民はマスコミから医療に対して圧倒的に悪いイメージを植え付けられているということにも留意する必要がある。
病院は混雑してきたなく、医師は傲慢で稼ぎすぎているというのが平均的な報道ではないだろうか。
誌上に登場するのは医師を巡る金銭上のスキャンダルであり、日本の医療費は世界的に見ればきわめて低いにもかかわらず、医療費は止めどもなく高騰しているといったイメージである。
以上を割り引く必要があるが、やや誇張して言えば、平均的な日本人は自分たちの受けている医療を、スキャンダルに満ちて、質は低く、お金がかかりすぎていると評価しているといえよう。
こうした見方は第六章で述べるように、事実に基づいている面も確かにある。
だが、不満の一因として、医師は全員常に献身的でなければならない、という非現実的な期待感も関係しており、また他の国の医療を実際に受けたことがある日本人は少数に過ぎないことも原因として考えられる。
さらに、たとえ不満であったとしても、どの程度深刻に悩んでいるかも不明である。
しかしながら、たとえ不満の程度は正確には比較できないにしても、昭和四〇年代前半の福祉拡大期以後は、政党や団体は多くの人々の関心を引き起こす政策課題として医療を受け取っていないことは事実である。
厚生省から医療の質の改善について出た観測気球に対して積極的な反応は出ていない。
医療に対する不満はたくさんあるが、「しかたがない」としてあきらめられているのが現状といえよう。
医療政策を形成する主要な当事者について述べてきたが、政策は決して真空状態の中で決められるものではない。
ここで登場した当事者は、それぞれ異なるレベルの「競技場」において、それぞれにおけるルールに従って闘争を展開しているのである。
以下、三つのレベルを最も狭い場から最も広い場まで順に焦点を広げて眺めてゆくことにしよう。
点数〔単価)を決める競技場日本における医療サービスの点数(単価)を決めている「診療報酬」は二年おきに改定される。
改定のたびに、ほぼすべての点数が変わり、一般に診療行為については引き上げられ、薬剤については引き下げられている。
診療報酬体系は日本の医療費を抑制する主要なメカニズムであり、この仕組みについては第四章や第五章で詳しく取り上げることにする。
ここでは、まず点数を決めるプロセスと、その際の主要な当事者間の力関係について述べることにする。
「競技場」となるのは、中央社会保険医療協議会(中医協)である。
中医協は厚生大臣の諮問機関であり、事務局は保険局医療課にある。
単に勧告したり事後承認を与える日本における他の多くの政府の審議会とは異なり、対立する両派が中医協の場において何らかの合意に達し、決定をしなければならない。
二〇名の委員は診療側八名(医師五名、歯科医師二名、薬剤師一名)、支払側八名(保険者四名、労働側二名、経営側二名)、そして公益側四名(通常は経済学者やジャーナリスト)で構成されている。
公益側委員を除いて各委員は個人の資格でなく、それぞれの団体から推薦を受けて加わっている(たとえば、医師は日本医師会、経営側は日経連など)。
日本医師会の力の象徴は、医療政策において決定的に重要な役割を果たしている中医協における委員の構成である。
診療側委員八名のうち、二名の歯科医師、一名の薬剤師を除いた五名の医師はいずれも日本医師会の推薦で任命されている。
病院団体は政府側を支援する傾向があったため、日本医師会の圧力で昭和三八(一九六三)年以来病院団体からの委員は推薦されなくなっている。
中医協の委員の人選についても審議の仕方(厚生大臣からの諮問に答える方式にするか、あるいは独自に報告内容を決める建議方式にするか)についても過去にはともに激しい対立があった。
日本医師会は初期には優勢であったが、昭和五〇年代後半より厚生省に再び指導権がもどった。
しかしながら、いずれにせよ中医協が、対立する両者が医療費のパイの配分という非常に複雑な交渉を定期的に行う場を提供してきたことが最も重要な点である。
こうした観点から中医協における交渉は会社における賃金や処遇についての労使交渉に類似している。
つまり、両者の立場は基本的には対立しているが、交渉を重ねるうちにお互いによく相手のことを知るようになり、その結果、交渉の結末は内部の人間には容易に予測できる。
そうなると、交渉のプロセスそのものが儀式化してくる。
そして、やはり労使交渉と同様に、両者はそれぞれ相手を必要としており、また妥結しなければならない圧力が絶えずある。
一方、両者ともどうしても不服ならばともに拒否することもできる。
しかしながら、労使交渉との粒似性はより広い視野で眺めた場合にはなくなる。
自由主義経済では、会社の労使は何について交渉するかは自由であり、また交渉が決裂してストになった場合には両者の力比べとなる。
これに対して、中医協における交渉は公共政策の課題であり、国会が作った法律に従わなければならず、またその財源は官僚的硬直性と政治的力関係によって支配される国家予算に依存している。
そのうえ、交渉が決裂すれば、それは単に両者の対立が激化することを意味せず、より高い政治次元に交渉の場が移り、より強力な当事者が介在することになる。
中医協は診療報酬を決定する主要な組織であるが、会議自体は最も重要な交渉の場ではない。
むしろ多くの場合、会議は短く、形式的で、すでに非公式に決まった決定(たとえば医療課の担当官と日本医師会の担当理事)を追認しているにすぎない。
しかしながら、こうした非公式の決定は中医協全員の委員の承認を必要とし、もし得られなかった場合には、昭和三〇年代や四〇年代のように中医協が決裂することになる。
実はこのような政治的闘争があったために、明文化されない非公式のルールができあがったといえよう。
これらのルールがあるために、中医協における審議のプロセスはルーチン化しているようにみえるが、公式に交渉した場合と結果は大きく相違しないと推測できる。
中医協における交渉は比較的狭い政策課題について交渉するのでルーチン化することが可能である。
より広い政策課題を検討するためにはより多くの参加者と、より弾力的なルールが必要である。
このような二ーズを満たすために「中間段階」の競技場がある。
「中間段階」と呼ばれる理由は、たとえば中医協のような正式の委員会と、首相などのトップが行う意志決定の中間に位置するからである。
一般にどこの国の、どんな政策分野においても国レベルの政策決定は、関係する省や局、少数の利益団体、さらにその分野に専門的に関わっている議員によって決められている要素が大きい。
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